ザグレブから車で高速を一時間ほど、鉄道沿いにはポピーが咲きなんとも長閑な東クロアチアのチェコヴァツ(Čakovec)。セルビアがすぐそこだ。1941−44年、世界大戦中はハンガリー領でもあったこのチャコヴェツ、今もハンガリー語を話すお年寄りが多い。大戦時のホロコーストにより欧州のユダヤコミュニティーのほとんどが全滅し、その伝統と文化が営みがそこで遮断されてしまったわけだが、このチャコヴェツもしかり、このあたりには第二次大戦前まで700人ほどのユダヤ人が住んでいたのだが、現在ではほんの数家族が残るのみとなってしまった。町外れのユダヤ墓地にもホロコーストで亡くなった人の墓碑が目立つ。
このチャコヴェツにかつて住み、アウシュヴィッツを生き延びた人もいる。その人の腕には囚人番号の入れ墨がいまでも残る。それでも現在のチャコヴェツには10人ほどのユダヤ人が住む。が、そうとはいえ、この地域のユダヤ文化とユダヤ人はもはや歴史の一部でしかなく、現在進行形ではない。このチャコヴェツではユダヤの伝統を受け継ぎたくても、もうそれを教えてくれる人がいない。
生まれてからずっとチャコヴェツに住み、十代のご子息が二人いるチャコヴェツのユダヤコミュニティーの会長さん(50代前半だろうか)にいろいろ話を伺ったが、戦後生き延びたユダヤ人たちの数人はここに戻り、そしてそれ以外の人はイスラエル北部の港街ハイファの近くにあるユーゴスラヴィア移民のキブツへと移住して行ったという。会長さんも人生の節々で彼自身のルーツや伝統を知りたいと願った時もあったが、残念ながらもうそれを知りようがないのだと。1944年に破壊されたチャコヴェツのベイトクネセット(シナゴーグ)の跡地に立つと本当に空しい。こういう場ではなにを言ってもクリシェでしかないような気がしてしかたがない。すると「これが現実です」と会長さんが言った。その通りだ。ホロコーストで失われたものは600万人の命だけではない。あの時に失われたものが今もこうして欧州の各地で失われ続けている。ホロコーストはまぎれもなく未だに現在進行形の現実なのである。
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Monologue 25: 破壊し続けるホロコースト
ČAKOVEC IS A NORTHERN CROATIAN TOWN WHERE ONCE A LOT OF JEWISH PEOPLE USED TO LIVE. THERE WAS ABOUT 700 JEWS AROUND ČAKOVEC BUT THERE IS ONLY A FEW JEWISH FAMILIES LIVE IN THE TOWN NOW. ALSO THERE USED TO BE A SYNAGOGUE IN THE TOWN BUT IT IS JUST A HISTORY NOW....
Čakovec
チャコヴェツの外れ
Čakovec
チャコヴェツの外れ
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